第七魔法空間より

日記と言うよりは月記のほうが相応しいゆるゆる雑録。 独自研究やおすすめのゲーム、ラノベの紹介など。

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幸せのかたち

みまさかの『たいして役にも立たないし正確さにも欠けるいい加減な講義』
通称ぷち講義第一回は【幸せのかたち】と題しまして、今回は文学分野のお話。


さて、おとぎ話、と言いますとどういったものを想像するでしょうか?
ライトノベルやそれに類するものの中で比喩的にそうした表現を用いることもあるので、そちらを思い浮かべた人もいるかもしれませんが、多くの人は言葉の定義どおりの『子供に読み聞かせる昔話、童話』としてのおとぎ話を思い浮かべたのではないでしょうか。
そういった、悪く言えば子供向けな、昔話や童話をよく観察してみると面白いものが見えてきます。

世界中の昔話や童話、民話などを集めると、時たま非常に似たストーリーを持つものがあることはよく知られている事実です。
その原因として、もとは同じ話だった、一方がもう一方をまねた、などということも考えられます。例えばフランス、ドイツ、ロシアで同じような話が伝わっていればそうかも知れません。
ですが、フランスと日本で同じような話が伝わっていたとしたらどうでしょうか。今でこそ飛行機もインターネットもありますが、シルクロードさえ無かった昔に両者の文化的交流があったとは思えません。
今のは少し極端な喩えですが交流があったとは到底思えないような例は幾つもあります。
何故そんなことが起きるのか、その答えは深層心理の働きにある、そう心理学は言います。ユング心理学によるアーキタイプ論などは非常に面白いですが、今回は心理学の回ではないので興味のある方は御自分でお調べ下さい。

失礼、すこし脱線しましたが、よく似たものがある、という前提で読むとそれぞれの話はまた味わいを増してきます。
中でも私はグリム童話と日本昔話の読み比べが好きなのですが、なかなか面白い類話が見つかったりします。
生憎と両者とも手元に無いので具体例は余り上げられませんが、グリム童話ではカエルが王子になって姫君と結婚したかと思えば日本昔話ではタニシが若者になって婿入りをしたりと、面白い類似が見られます。

ここでようやく今回の表題の登場です。
【幸せのかたち】
そんなものは人それぞれで最適解なんてありません。多分、人類永遠の謎の一つなのではないでしょうか。
それでも、ラストが幸福に終わる物語はメディアを問わず多いわけですし、おとぎ話の多くのラストもいわゆる『めでたし』な形で終わるわけですから一応の幸福の形、というのは決まっているようにも感じます。
美しいお姫様を助け出して、二人は結ばれる。お宝を手に入れて、ゆったりと過ごす。長年人々を苦しめていた鬼を倒す。
そんな終わりをみて、私たちは「ああ、ハッピーエンドだな」などと感じます。
なぜ私たちは物語の主人公達が幸せになったと感じるのでしょうか?
悪が滅んだから? 理想の異性と結ばれたから? 金銭的心配が要らなくなったから?
それらのうち一つ、あるいは複数が理由かもしれませんが、私はどれも違うと考えています。

どうして幸せになったと感じるのか、理由は単純です。答えは『そこに書いてあるから』です。
幼い頃に聞くとあまり気になりませんが、現代小説を読みなれた大人の感性で読むと、多くのおとぎ話の最後には違和感のあるフレーズが付いています。
『幸せに暮らしましたとさ』
そう書かれてしまえば疑うわけにはいきません。彼らは幸せになったんだ、と私たち読者は思うしかありません。
多くの場合は【幸せのかたち】が食い違わない、典型的な最後なのでそれでも問題はありませんが、ときにおとぎ話は真逆の幸福を私たちに提示します。

『わらしべ長者』の話は日本人なら誰もが耳にしたことはあろうかという有名な話です。
これの主人公の男は拾ったわらしべを次々と交換していくうちに大きな屋敷の婿になって、『幸せに』暮らします。
これはある意味典型的な【幸せのかたち】ですが、これに対してグリム童話にはこんな話があります。
『忠臣ヨハネス』の主人公ヨハネスは、主人から定年の際に貰った金塊を手に故郷への道を行きます。道の途中、彼は善意からであったり騙されたりであったり、貰った金塊をさまざまなものを取り替えていきます。ところが、男とは全く逆にヨハネスは交換するたびに自分の持ち物の価値を減らしていきます。
最後には彼は持ち物を池に落としてしまいます。金塊から何もなし、傍から見ると酷い転落様ですが、彼は『幸せに』なったとグリム童話は語ります。何もかもを失くしたヨハネスはこれで重荷から自由になった、と言って故郷への道を走って去っていきます。

どちらが正しい【幸せのかたち】か、などとは言いません。そもそも正しいとか正しくないとかの話では無い問題ですから。
少なくとも、決まりきったパターンしかないように見える終わり方にも実は様々なものがある、ということはわかっていただけたでしょうか?

さて、ここまで物語の中の【幸せのかたち】に焦点を当てて話をしてきました。
どうでしょう、少しは興味を持っていただけましたか?
興味が無ければ成長してからは紐解く機会すらない童話や昔話、そんなものたちも、違った目で見てみるとまた新しい発見があります。
皆さんもたまには童話の本を開いて、読んでみてはいかがでしょうか。


それでは、これにて第一回のプチ講義を終わります。
ご意見、感想はコメントにていつでもお待ちしております。
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  1. 2007/11/24(土) 00:52:53|
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